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木桶の向こうに見える山

~酒・醤油・味噌・酢~日本の発酵文化を支えてきた木桶。その木桶を語る際に必ずと言ってよいくらい登場するのが浮世絵・富嶽三十六景シリーズの一つ、「尾州不二見原」です。葛飾北斎が晩年に富士山を様々な角度から描いた当シリーズですが、尾州不二見原(現・名古屋市中区富士見町)の木桶越しに見える山は実は富士山では無かったという話はあまり知られていません。
 その白く描かれた山は赤石山脈(南アルプス)の聖岳(標高3013m)です。カシミール3Dという地図ソフトで名古屋市中区富士見町からの展望図を作成すると、120km先の富士山は手前の山々に隠れて見ることができず、聖岳が富士山に似た形で見えることがわかります。

 木桶に関わる者として、いつかは聖岳に登りたいと数年前から計画だけは何度か立てていましたが、今回は梅雨明け直後の天候が安定してる時期にたまたま連休が取れたため、遂に実行に移すことができました。

 聖岳へのルートはいくつかありますが、本年は昨年に引き続き周辺の静岡県営の山小屋が軒並み休業で、大井川上流部マイカー規制地域の山小屋への送迎バスも運休。ただ、自粛要請の出ていた昨年と違い、山小屋が避難小屋として開放されていると静岡県が告知しているため、今年は頑張れば何とか行ける。一念発起しテントと3日分の食料担いで静岡県側のマイカー規制ゲート沼平から歩き始めました。

沼平の登山指導センターで検温、登山届提出後、登山口まで2.6kmの林道歩き。送迎バスは運休してるものの、リニア中央新幹線関連工事の大型ミキサー車が頻繁に行き来する山奥の秘境とは思えないアプローチ道になっていました。

登山口は全長181m、大井川水面からの高さ30mのスリリングな畑薙大吊橋。この日は微風でそんなに揺れることなく渡ることができました。一日目の前半は丸木橋や吊橋で何度か沢を渡り、後半は一気に標高差600m程登って中腹の横窪沢小屋で一泊。他の宿泊客2組3名の方と広々とソーシャルディスタンス保って周辺の山の情報交換しました。

二日目、朝4時起床。朝食後、標高差800mを登り、稜線手前の茶臼小屋へ到着。振り返ると富士山(本物)がバッチリ望めます。本当にいい天気です。ここでテントを張り、荷物を軽くして再スタート。程なくして稜線に上がると、目指す聖岳の巨大な山体が姿を現しました。

ここからは直線距離にして6km先の聖岳をずっと見ながら歩く大展望の稜線歩きですが、このコースは南アルプスでも指折りのアップダウンが激しい片道8kmの道程。しかも日没までにテント場まで同じ道程を戻らないといけません。普段のトレーニングの成果、体力が試されます。

まずは尾根上の幅広い線状凹地を歩き、眼前に聳える上河内岳(標高2803m)への標高差400mの登り。山頂からは周囲の赤石岳・兎岳に加えて40km先の鳳凰山も望めます。さらに先に進むと聖岳がもっと近くなり、可憐な花を咲かせる高山植物豊富な道を標高差600m下ります。

鞍部にあたる聖平小屋(標高2260m)で昼食と水の補給を済ませ、いざ聖岳へ標高差750mの登り返しです。痩せ尾根の細道を登り、手前の小聖岳に着く頃には西の伊那谷から上がってきた霧に包まれ、視界が遮られはじめました。ただ、涼しくなったので体力的には少し助かったのが救いでしょうか。

そして遂に聖岳山頂へ到着。北側は奇跡的に霧が少なく、山脈の主峰、赤石岳(3121m)の雄姿を望むことができ大満足。2年前に宿泊した際に名物小屋番さんと共に日本酒(奥播磨・七本鎗・磯自慢)を飲んだ赤石岳山頂避難小屋の建物も肉眼ではっきり見えます。赤石岳はコロナ収束後に再訪したい山の筆頭ですね。

名残惜しいですが霧が濃くなってきたので、僅かな滞在時間で山頂を後にし、来た道を戻ります。上河内岳を越えたあたりで東側の霧が晴れ、雲海に浮かぶ富士山が再び姿を現しました。ちょうど日没寸前のマジックアワーと呼ばれる時間帯。疲労はピークでしたが絶景に癒され、無事にテントまで戻ることができました。

三日目、朝4時半起床。今日は富士山と日の出を眺めながら40分程で到着する茶臼岳の山頂へ。昨日登った上河内岳・聖岳に加え、南の光岳。西側遠くに中央アルプス・御嶽山も望むことができました。下界は雲海の下で名古屋方面(尾州不二見原)は見えそうにありませんが、その先の鈴鹿山脈っぽい山並みがかすかに見えた気がします。

あとは来た道をテント担いで下山。最後が畑薙大吊橋ってのもなかなか爽快です。梅雨明け直後の恵まれた天候で大満足の山行でした。そういえばこの吊橋で渡った大井川の下流の地域にある桶店の若い後継ぎの方が数年前、大阪・堺市の藤井製桶所さんで修業を積まれていたのを思い出しました。そして、同じく大井川下流の酒蔵では、その桶店の木桶の尺で吟醸酒の醪を袋に詰めています。大き目の尺ですが、尾州不二見原で描かれている人間より大きな桶ではありませんが、折角なんでお酒の紹介です。

喜久醉 藤枝山田錦 純米大吟醸 720ml 4,400円

二十数年前から地元農家の松下明弘さんと共に無農薬山田錦栽培を手掛けてきた「喜久醉」青島酒造さん。近年、栽培面積を増やし、通年商品の純米大吟醸が無農薬山田錦の仕様となりました。南アルプスを源流とする大井川の水で育った無農薬の米、そして同じく大井川の豊富な伏流水で醸された清冽なお酒です。一度お試し頂けましたら幸いです。